東京高等裁判所 昭和33年(う)2616号 判決 1959年4月04日
被告人 木下只見雄 外一名
控訴人 弁護人 稲木延雄 外二名
検察官 大平要
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人木下只見雄の弁護人樫田忠美及び被告人小久保操の弁護人稲木延雄各作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、次のとおり判断する。
樫田弁護人の控訴趣意第一点について。
原判決が、被告人木下只見雄に対し、関税法第一一八条第二項を適用して、同被告人から金五〇四九、六二七円を追徴していること、及び右追徴金額中に逋脱関税を包含していることは、いずれも所論のとおりである。ところが所論は、関税法第一一八条第二項による追徴額中には、関税を含ましむべきではないから、原判決には、この点につき違法がある旨主張するにより、考察するに、関税法第一一八条第二項にいわゆる「没収することができないもの又は没収しないものの犯罪が行われた時の価格」とは、そのものの犯罪が行われた当時における国内卸売価格をいうと解する(東京高裁昭和三二年(う)第六三八号同三二年九月一〇日第六刑事部判決高集一〇巻七号五九三頁以下参照)のが相当であるから、同条による追徴額には、関税をも含ましめるのが相当であると考えられる。この点につき所論は、旧関税法第八三条第三項による追徴に関する判例を引用して、関税法第一一八条第二項による追徴についても、関税を含ましむべきでない旨を主張するけれども、右旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前のもの)第八三条第三項にいわゆる「原価」とは、同法第七四条、第七五条又は第七六条中の輸入又は逋脱に関する犯罪にかかる物の場合には、輸入の際における(単なる到着の時でなく、実際輸入手続をした時)抽象的な到着価格をいうもの(最高裁判所昭和三〇年(あ)第二、六一五号同三二年二月一四日第一小法廷判決参照)と解すべきであるから、これに関税を含ましめないことが当然であるけれども、関税法第一一八条第二項の「犯罪が行われた時の価格」は、これと異り、前示のような国内却売価格を指すのであるから、これに関税を包含していることは、当然であるといわなければならない。してみれば、原判決が被告人木下に対する関税法第一一八条第二項による追徴金額に関税を包含させたことは、適法であつて、原判決には、この点につき所論の違法は存しない。論旨は理由がない。
同第三点について。
原判決が、被告人木下只見雄に対し、大蔵技官作成の犯則物件鑑定表に基づきその追徴金額を算定していることは、所論のとおりであつて、これに対して所論は、旧関税法第八三条第三項、並びに関税法第一一八条第二項における追徴の本旨は、犯罪による不当な利益を剥奪するにあるのであるから同法違反の取引により取得した純益を追徴すべきであつて、本件においては、被告人木下が外国貨物買受にあたり支出した代金を控除した残額を追徴すべきであるにかかわらず、原判決は、右の法意を誤解した結果、ことここに出ないで、同被告人に対し不当な追徴を科した違法がある旨を主張する。
しかしながら、関税法第一一八条において、犯罪にかかる貨物を没収し、又はこれを没収することができない場合にその没収することができないものの犯罪が行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴する趣旨は、所論のように、単に犯人の手に犯罪による不正の利益を留めずこれを剥奪しようとするに過ぎないものではなくて、むしろ、国家が開税法規に違反して輸入した貨物又はこれに代るべき価額が犯人の手に存在することを禁止し、もつて密輸入の取締を厳に励行しようとするに出たものと解すべきことは、最高裁判所昭和三一年(あ)第三、四三七号同三三年三月一三日第一小法廷判決の趣旨に照らして疑を容れないところであり、この没収及び追徴の趣旨は、旧関税法第八三条についても、同様に解し得られるのであつて、同条所定の「原価」並びに関税法第一一八条所定の「犯罪が行われた時の価格」の意義については既に控訴趣意第一点に対する判断において説示したとおり解すべきであるから、原判決が、被告人木下に対する追徴金額を算定するにあたり、所論のように同被告人が貨物買受について支出した代金を控除しなかつたことは正当であつて、原判決には、この点についても、また所論の違法は認められない。論旨は理由がない。
同第五点について。
原判決が、その理由中、(証拠の標目)の項には、判示第一別表の一(第一乃至第二九)について、と題し、その第一事実につき大蔵技官高橋三都治の昭和三一年二月二九日附犯則物件鑑定表を援用し、また末尾添附の別表の一(被告人木下)には、第一事実の追徴金額として「四、一三八円」との記載があり、右犯則物件鑑定表の追徴金額記載欄には、「一三、七九五円」との記載が存することは、所論の指摘するとおりであつて、これに対して所論は、右は、判決の理由にくいちがいのある場合にあたるから、破棄を免れない旨を主張するにより、前示犯則物件鑑定表の記載と右原判決末尾添附別表の一の第一事実の記載とを比照検討するに、なるほど、前示のとおり鑑定表記載の追徴金額と別表の一記載の追徴金額とに差異の存することは、明らかであるけれども、しかし原判決の認定にかかる右別表の一記載の追徴金額「四、一三八円」は、原判決がこの点の証拠として援用する前示鑑定表記載の追徴金額「一三、七九五円」より少額であることが明白であつて、原判決においては、右の証拠によつて認め得られる範囲内において前示別表の一記載の追徴金額「四、一三八円」を認定したものと認め得られない訳ではないから、右両者に記載してある追徴金額の差異は、必ずしも認定事実と援用証拠との間にくいちがいがあるものとはいいがたく、従つて、原判決には、この点につき所論のよりな判決の理由にくいちがいがあるものということはできない。この点の所論も採用に値しない。
稲木弁護人の控訴趣意第一点について。
一、被告人木下只見雄、同小久保操、及び原審相被告人伊藤隆一の三名に対する昭和三一年六月一三日附追起訴状中公訴事実の冒頭において、「(前略)被告人小久保は駐留軍物資のブローカーを業とする者」との記載の存することは、所論のとおりであつて、これに対して所論は、右の記載は、本件罪体と何ら関係がなく、かえつて、裁判官に事件について予断を生ぜしめる虞のあるものと認められるから、刑事訴訟法第二五六条第六項に違反し、公訴提起は無効であつて、同法第三三八条第四号の公訴手続がその規定に違反したため無効であるときに該当し、判決をもつて公訴を棄却すべきであるにもかかわらず、原審が被告人小久保に対し、主文のような有罪の言渡をしたことは、訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張する。よつて案ずるに、公訴犯罪事実について裁判官に予断を生ぜしめる虞のある事項を起訴状に記載することが許されないことは、刑事訴訟法第二五六条第六項の規定に照らし疑を容れないところであつて、これを本件についてみるに、所論昭和三一年六月一三日附起訴状中の前掲「被告人小久保は云々」の記載事項は、同起訴状記載の公訴犯罪事実と直接関係のあるものとは認められないのであるから、起訴状にかかる記載をしたことは、妥当ではないと考えられるけれども、しかし、この程度の内容の記載事項をもつては、未だ必ずしも、本件につき裁判官に予断を生ぜしめる虞があるものとは認められないところであるから、単に、この記載があるとの一事によつては、右起訴状が刑事訴訟法第二五六条第六項に違反し無効であるとは認めがたく、他に、右起訴状の無効その他の本件公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であることを認め得られる資料は、どこにも発見できないのである。してみれば、原審が、所論のように刑事訴訟法第三三八条第四号により公訴棄却の判決をしなかつたことは、正当であつて、原判決には、この点につき所論のような判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があるものということはできない。この点の所論は採るを得ない。
二、昭和三一年一〇月一三日の原審第二回公判期日において、被告人小久保の原審弁護人が、前示起訴状の記載は、裁判官に予断を生ぜしめる虞のある余事記載であるから、判決をもつて公訴を棄却されたい旨を陳述したこと、及び原判決がその理由において、弁護人の右主張に対する判断を示していないことは、いずれも所論のとおりである。ところが所論は、右は、原判決が弁護人の重要なる主張に対する判断を遺脱したか、若しくは理由不備の違法があるから、破棄を免れない旨を主張するにより、考察するに、原審弁護人の右の主張は刑事訴訟法第三三五条第二項の法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実の主張にはあたらないから、原判決が右の主張に対する判断を判決に示さなかつたからとて、原判決に所論のような理由不備の違法があるものということはできないのである。又、原審弁護人から、前示のような理由により公訴を棄却されたい旨の申立があつたとしても、右は、ひつきよう裁判所の職権発動を促すための申立に過ぎないものと考えられるところ、原裁判所においては、右の申立があつたにもかかわらず、前掲起訴状による公訴事実の実体について審判していることが、訴訟記録及び原判決書の記載に徴し明らかであつて、右は、原裁判所が、原審弁護人の前示主張に対して判断した結果、その主張は理由がないものとして、公訴事実の実体について審判するに至つたものであることが窺われるのであるから、原判決には、この点につき所論のような判断遺脱の違法もないものといわなければならない。それ故、この点の所論も採用しがたく、論旨は、すべてその理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中要要一 判事 山田要治 判事 鈴木良一)
弁護人樫田忠美の控訴趣意
第一点関税法第百十八条第二項による追徴金額の算定につき、関税を含ましむべきでないのに拘らず、原判決は、この部分に違法があるから破棄を免れない。
先ず、旧関税法(明治三二年三月十四日法律第六十一号)第八十三条第三項に係る判例を見るに、同項に、いわゆる「原価」につき、「貨物の製造原価に、製造者の販売間接費を加算した総原価を指称し、その関税は含まれていない」(福岡高裁昭和二六、五、二二高裁刑集四巻五号五〇八頁)旨判示している。従つて旧関税法においては、同項による追徴金算定基準として、関税を包含しないこと、判例上、明白である。しかし、現行関税法(昭和二九年四月一日法律第六十一号)においては、「犯罪が行われた時における価格を追徴する」旨改正されたので、この場合にも、関税を含まないとすべきか否か問題となり、現行法のこの点に関する判例もない。そこで、新旧両法の追徴に関する立法趣旨を他面より検討するに、旧関税法第八十三条第三項につき、「原価とは、犯行当時における時価を指し云々」(札幌高裁昭、二七、九、一五高裁刑集五巻一〇号一六八〇頁)との旨公示し、「原価」と規定する旧法においてさえ、「時価」と解せられたことが認められる。而して、現行法においては、その規定が「犯罪が行われた時における価格」と改められた。これは、「時価」と解さるべきこと明白である。要するに、両者は、共に、「時価」を指称する点において同趣旨と看做される。然らば、「追徴金に、関税を包含しない」との前記旧法判例は現行法においても、そのまま尊重せらるべきである。然るに、原判決「証拠の標目」中、各「犯則物件鑑定表」及び原判決末尾添附の「別表」中、「追徴金額」記載欄(別表の第一事実を除く)を見るに、原判決は、関税の加算された鑑定表を採用し被告人木下只見雄に対し、漫然と追徴を科した違法があるから、破棄せられるべきである。
第三点旧関税法第八十三条第三項並びに関税法第百十八条第二項における追徴の本旨は、犯罪による不当な利益を剥奪するにあり、同法違反の取引により取得した利益(純益)を追徴すべかりしに拘らず、原判決は、それを誤解した違法があるから、破棄さるべきである。
関税法は、「関税の賦課及び徴収並びに貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理を図るため」の準則を定めるものであり(同法第一条)、所定の税関手続を経ず、関税を逋脱するところに、本件「関税逋脱犯」の違法性がある。従つて、本件犯罪は、刑法犯における、いわゆる財産犯と罪質を異にし、これがため、本件外国貨物は、財産犯-財産侵害を内容とする犯罪-によつて取得せられた財物、すなわち賍物とも異なる。元来、没収は、犯人の所有権を剥奪する刑罰であると共に、犯人以外の所有に属する場合にも、これを科し得ることをみれば、(関税法第百十八条第一項但書)、それは、その物より生ずる社会的危険を防止し、且つ犯人をして犯罪による不当な利益を保持せしめないようにする趣旨であつて、保安処分的性質をも具有しており、そして、追徴は補充的に、この没収の目的性質を確保するものであつて、没収に準ずるものであるから、関税法に規定する没収、追徴も、この趣旨に則つて理解しなければならない(大阪高裁昭二六(う)三三一八号昭二七・三・一判決参照)。しかし、追徴は、貨物自体の没収の如く、その裁判によつて、違法な貨物所持による社会的危険を防止する効果を有しない点において、没収と別異に、処理すべきである。而して、叙上の諸点に鑑み、追徴における「不正な利益」は、「故買代金は追徴額より控除するを要しない、(広島高裁昭和二六(う)七三四号昭二七、四、一一判決参照)」賍物故買罪の場合とは区別せられ、被告人木下只見雄が、本件外国貨物の買受に当り支出した代金と、その貨物を相被告人等に譲渡した代金との差額、すなわち、本件取引により不当に取得した利益(純益)を意味すると解すべきである。
以下、被告人木下只見雄が取得した利益如何につき、考察する。(一)原判決添附の別表から算定し得るもの。(1) 別表二(被告人木下)記載の貨物は、別表四(相被告人小久保)記載の貨物と同一であるから、彼此対照するに、末尾(第一表)の通り、被告人木下只見雄の利益は小計三万二千円であり、(2) 別表三(被告人木下)記載の貨物は、別表十(相被告人木曾同香山)記載の貨物と同一であるから、彼此対照するに、末尾(第二表)の通り、同人の利益は、小計三万三千円であり、(二)次に、原判決「証拠の標目」中、横浜税関長今泉兼寛作成の各「告発書(添附の犯則事実)から算定し得るもの。(1) 、別表一(被告人木下)記載の事実については、末尾(第三表)の通り、小計十九万八千円であり、(2) 別表六(被告人木下、相被告人小久保)記載の事実については、被告人木下只見雄が、相被告人小久保操のため仲介した手数料として各二千円宛(第八事実のみ五千円)にて、小計二万三千円であり、(第十七冊一〇八二丁、一〇九一丁、及び第十六冊四九一丁参照)(3) 別表七(被告人木下、同木曾、同香山)記載の事実については、末尾(第四表)の通り、小計四万四千円であり(売価等、記録上、不明瞭なるもの三台あり)以上、(一)及び(二)を累計すれば、被告人木下只見雄は、本件の全取引により、金三十三万円の利得をしたことに帰する。しかし、(一)検察官に対する昭和三十一年二月十日附被告人木下只見雄の供述調書中「結局、このテレビ(原判示第一別表一の第十七事実に係る)を買受け、浜本田さんに売つて二万円儲かりましたが、それは、アンテナとトランスを只でつけてやり、山慶さんには一万円お礼を出しましたから、金は儲かつたことにはなりません。(第二十冊二〇二七丁ウラ)。昨年九月頃、コンソール型十七吋テレビ(同表の第二十事実に係る)一台を九万円で売つた。このテレビは七万二千円払つて私が買つたものです。これは中古品で、いたんでいたので、修理をしたため、私の儲けは四千円位しかありません(第二〇冊二〇二八丁)」旨の記載あり、(二)検察官に対する昭和三十一年四月十六日附被告人木下只見雄の供述調書中「昭和三十年一月頃、五十三年の二十一吋モトローラが、その中の一台で、これは、二十九年の十二月末頃、私の店へ来たアメリカ兵から九万円で売つてくれと頼まれて預つていた物で、木村には十一万五千円で売りましたが、その中の一部の代金を貰つたわけで、八万二千円ばかり、こげつきになつております(第二十冊二〇九三丁ウラ)」旨の記載あり、これによれば、被告人木下只見雄の取得した純益は、前記の利得合計額を相当に下廻ること、推断するに難くない。而して、叙上、被告人木下只見雄の取得した純益が、追徴の対象たるべきものとなすことによつてのみ、犯人をして、犯罪による不当な利益を保持せしめまいとする、前記追徴の趣旨に合致すると云わねばならない。従つて、旧関税法第八十三条第三項の「物ノ原価ニ相当スル金額」並びに関税法第百十八条第二項の「犯罪が行われた時における価格」とは、前記第二点の所論と同様に、被告人が貨物買受に当り支出した代金を控除した残額と解すべきである。然るに、原判決は、右買受代金を控除することなく、被告人木下只見雄に対し不当な追徴を科した違法があるから、破棄さるべきである。
第五点原判決中、判示第一別表一の第一事実には、理由にくいちがいがあるから破棄を免れない。
原判決「理由」中、(証拠の標目には、「判示第一別表」(第一乃至二九)について」と題し、その第一事実につき「大蔵技官高橋三都治の昭和三十一年二月二十九日附犯則物件鑑定表」を引用し、また、末尾「別表の一(被告人木下)」には、第一事実の追徴金額として、「四一三八円」(第一冊五八三丁)との記載あり、そこで、右鑑定表を見るに、その追徴金額記載欄には、「一三七九五円」としてある(第十五冊三四七丁)。彼此対照すれば、両者には、くいちがいあること明白である。要するに、原判決には、叙上、理由のくいちがいがあるから破棄を免れない。
弁護人稲木延雄の控訴趣意
第一点、原審訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反があり、又原判決には理由不備若くは判断遺脱の違法があり、破棄せらるべきものである、その理由は左の通りである。
一、被告人木下只見雄、同小久保操、同伊藤隆一に対する昭和三十一年六月十三日付追起訴状中公訴事実の冒頭に於て「被告人小久保は駐留軍物資のブローカーを業とする者」と記載したのは、右が本件罪体と何等関係なく、却つて裁判官に事件について予断を生ぜしめる虞れあるものと認められるから、刑訴法二五六条六項に違反し公訴提起は無効であつて、同法第三三八条四号に基づき判決を以て公訴を棄却すべきであるにも拘らず原審が被告人小久保に対して、主文掲記の如き判決を為したことは、原審訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は到底破棄を免れないものと信ずる。
二、右記載が裁判官に予断を生ぜしめる虞のある余事記載であるから判決を以て公訴を棄却されたいとの主張は原審昭和三十一年十月十三日の公判廷に於て弁護人の既に為している所である、而るに原判決はその理由に於て弁護人の右主張に対して何等の理由をも示していないと云うことは原審に於ける弁護人の重要なる主張に対して判断を遺脱したか若くは理由不備の違法あり破棄を免れざるものと信ずる。
三、広島高等裁判所昭和二五年十一月十五日云渡の判決(特報一五号一四四頁)は、傷害事件の起訴状中公訴事実の冒頭に於て「被告人両名は○○○○を主導する暴力団を組織し暴力を誇示して村民を圧迫し居りたるが」と記載したのは、右が罪体と何等関係なく、裁判官について予断を生ぜしめる虞れあるものと認め、刑訴法第二五六条六項に違反し公訴提起は無効である、と判示している、該判決の趣旨から云えば本件の如き駐留軍物資を対象とする関税法違反被告事件に於て、起訴状中公訴事実の冒頭に既述の如き記載を為すことは予断排除の原則上到底容認し得ざる所と云わざるを得ない。
(その他の控訴趣意は省略する。)